相撲王国北海道

相撲の歴史

日本の伝統文化である相撲の起源は古墳時代(西暦250~600年)まで遡ります。
古墳時代は大規模な墳墓が盛んに築造されました。
周囲に大量の土製品「埴輪」が並べられ、その中に相撲を行う人をかたどった「相撲人形」が幾つも発見されました。
これにより、この頃にはすでに相撲に近い競技が行われていたと考えられています。
また日本最古の書物「古事記」(編纂712年)や「日本書紀」(同720年)には、天皇の前で2人の大男が力比べをする様子が記述されており、相撲の原型「天覧勝負」だと言われています。
奈良時代(710年~794年)には、農作物の収穫を占う祭の儀式の一つとして毎年、相撲が行わた記録が残されています。
これが後に宮廷行司となり300年続きました。
武士が台頭する鎌倉時代から戦国時代(1185~1600年)は、戦闘訓練の一つとして取り入れられました。
戦国武将の代表である織田信長は相撲を特に好み積極的に奨励したと言われます。
江戸時代(1600~1867年)に入ると、相撲を職業とする「力士」が現れ、彼らによって行われる勧進相撲が定期的に興行され、歌舞伎と並ぶ一般庶民の娯楽になりました。
これが現在の大相撲(日本相撲協会主催の相撲興行)の基礎になり、東京、名古屋、大阪、福岡の各地で合わせて年6回、国内外から多くのファンを集める本場所の巡業が行われています。

力士


 

相撲用語


行司 gyoji
力士とともに土俵に上がり、競技の進行や勝負の判定を行う審判員。

四股踏み shikofumi
足腰を鍛えるトレーニング法。左右の足を何度も高く上げる。土俵での準備運動としても行う。

あんこ anko
肉付きが特によく、丸い体型をした力士のこと。魚のアンコウが言葉の由来。

軍配 gunbai
行司が勝負を決定する際に、勝った力士の方に上げる木製団扇。もともとは戦国武将の指揮用具。

はっけよい hakkeyoi
行司が土俵上で発する掛け声のひとつ。「早く競いなさい」から転じたという。

弓取式 yumitorishiki
弓を担いで演じる勝者の舞。結びの一番の勝者が行うが、近年は舞を心得た力士が代わって行う。

番付表 banzukehyo
力士の技量を表示する順位表。上から幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序の口に区分。

序の口 jonokuchi
番付上の最下位の階級。転じて「やりはじめたばかり」の意味でも使われる。


相撲用語

相撲用語


力士の競技スタイル

相撲をとる競技者を「力士」と呼びます。
力士は長さ600cm幅70cmの絹製の「まわし」を腰に巻いただけの姿で競技を行います。
ほぼ裸に近い恰好で行うスポーツは相撲以外には見られません。
裸は相撲が神へ捧げる競技という伝統に基づいたスタイルです。
神の前で裸になって武器を一切所持していないことを明らかにし、おのれの肉体のみで正々堂々と戦う、という誓いなのです。
また、まわしには「さがり」と呼ばれる細い紐のようなものが装着されています。
力士は土俵入りなどの際、金糸や銀糸の刺繍を施した華麗な「化粧まわし」を身にまといます。
しかし、競技には邪魔になるので、代わりに下がりを付けて相撲をとるのです。
さらに、ユニークな髪型「まげ」は日本の伝統的なヘアスタイルです。
長く伸ばした髪を後頭部で結い上げ、前方に折り畳んで頭頂部に乗せます。
江戸時代までは額から頭頂部にかけて剃る「ちょんまげ」が主流でしたが、幕末以降は剃らない髪型が流行し、力士も現在は剃りません。
力士の競技スタイルの意味を理解すると、さらに興味深く大相撲を観戦することができます。

力士


最強力士「横綱」

相撲は総勢約640人の力士が東西2グループに分かれ対戦します。
成績により上から「幕内」「十両」「幕下」「三段目」「序二段」「序の口」の6グループに区分けされます。これを「番付」と呼びます。
幕内はさらに5階級に分かれ、最高位が「横綱」です。
横綱には降格はなく地位から退くには引退しかありません。
このため横綱は最高位にふさわしい体力と技術を維持するための不断の努力とともに、自身の力を冷静に判定できる観察力と判断力が求められます。
心技体をバランスよく兼ね備えた力士であること。
横綱が「最強力士」である所以がここにあります。
すべての力士は横綱を目指して日々、厳しい稽古に励んでいます。


力士

北海道から8人輩出

大相撲が始まって72人の横綱が誕生しています。
このうち北海道出身力士は8人。
1951年に横綱昇進を果たした千代の山を皮切りに、優勝32回の大鵬、天才力士と呼ばれた北の湖、国民的ヒーローとなった千代の富士など、
特に60年代から80年代にかけ、大相撲の歴史に不滅の輝きを放つ横綱を相次ぎ輩出しました。
これにより北海道は「相撲王国」と呼ばれるようになりました。

●四股名 ●特徴・エピソード ●出身/昇進年/優勝回数
第41代 千代の山 身長190cm筋骨隆々「鉄骨のやぐら」と呼ばれる 福島町/1951年/6回
第43代 吉葉山 不知火型の美しい土俵入りにファンため息 厚田村/1954年/1回
第48代 大鵬 ロシアと日本のイケメンハーフ、不世出の力士 弟子屈町/1961年/32回
第52代 北の富士 史上初十両・幕内の両方で全勝した美声横綱 旭川市/1970年/10回
第55代 北の湖 わずか21歳で横綱昇進、誰もが認める天才力士 壮瞥町/1974年/24回
第58代 千代の富士 ウルフの異名を持つ昭和最後の大横綱 福島町/1981年/31回
第61代 北勝海 日本相撲協会現理事の八角親方がこの人 広尾町/1987年/8回
第62代 大乃国 ウルフの連勝を53で止めた鮮烈の大一番 芽室町/1987年/2回



相撲と「ちゃんこ」

力士は厳しい稽古に励むとともに、体を大きくするため特製料理「ちゃんこ」を食べます。
ちゃんことは、相撲部屋で料理を担当する力士を「ちゃんこ番」と呼び、その担当力士が作る手料理すべてを指す総称です。
その中のひとつに「ちゃんこ鍋」があり明治後半、人気横綱常陸山の相撲部屋で始まったと言われます。
様々な食材を入れて煮込む鍋料理は栄養満点であることに加え、鍋を囲むことにより力士の連帯感が強まるなどのメリットがあり他の相撲部屋にも広がり、工夫を凝らしたちゃんこ鍋が作られました。
引退した力士が、故郷で開いた料理店などで一般の人にもちゃんこ鍋を提供し、相撲料理の代表として広く知られるようになりました。
本場のちゃんこ鍋を求めて日本を訪れる海外の旅行者が増えています。
北海道にも伝統的なちゃんこ鍋が味わえる相撲料理店があり、人気になっています。

ちゃんこ鍋

世界に誇る日の丸スープ「ちゃんこ鍋」相撲王国北海道で食べよう!

「ちゃんこ鍋」に使用される具材は、新鮮な魚介類、肉、野菜。これらを鍋で長時間グツグツ煮込み、滋養たっぷりの出汁とともに食べ尽くします。
健康によくダイエットにもつながる最強のスローフードとして、また日本の伝統文化から生まれた貴重なスープ料理として、 各国から注目されています。
自然に恵まれた北海道にはちゃんこ鍋に最適な新鮮食材が豊富にあります。
相撲王国北海道の「ちゃんこ鍋」は一味も二味も違います。

ちゃんこ鍋

横綱北の富士直伝!本物がここに相撲茶屋 北の富士 恵大苑

道都・札幌に開業してまもなく50年「相撲茶屋 北の富士 恵大苑」。
第52代横綱北の富士のちゃんこ番直伝の相撲料理店として味を伝え多くの人から喜ばれています。
ちゃんこ鍋は4種類、スープも3種類ご用意し、これらを自由に組み合わせて食べることがでます。
また和牛をメイン食材にした「しゃぶしゃぶ」「スキヤキ」も人気です。
各メニューには2時間食べ放題コースがあり、時間の限り楽しめます。
札幌で本物のちゃんこ鍋を体験しませんか。


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相撲茶屋 北の富士 恵大苑

相撲茶屋 北の富士 恵大苑
/札幌市中央区北1条西4丁目2-2札幌ノースプラザB1 TEL:011-219-1711

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